愛人の子供を誘拐する女役を熱演 永作博美の肝っ玉の据わり方

子供の笑顔には、力がある。「子供が笑うだけで、周囲もみな笑う。暗い雰囲気も一気に明るくなる。すごいパワーですよね」。そういう自身が、ベビー・フェース。子供のような笑顔を見せ、付け加えた。「子供は本当にかわいい。何ものにも代えられない」
バレンシアガ
 そんな彼女が映画「八日目の蝉」(成島出監督)で演じた役柄は、不倫相手の生後6カ月となる子供を誘拐する女性、希和子。薫と名付けて4年間逃亡しながら、慈しみ育てる。「壮絶な人生。でも、一般的な人がたまたま背負った人生でもある。子供を抱いたまま走ってしまった理由は、たぶん本人も分からない。だからこそ、演じたいと思った」と話す。
ハンドバッグ
 オファーが届いたとき、産後休暇中だった。難しい役柄をもらえた喜びと同時に、「この役柄を避けては通れない。やらなきゃいけない」気がした。産前ではなく、産後のタイミングだったことに運命を感じた。「神様、すごいところに入れてきたね。確かに私ならやるわね、と」と笑った。

 赤ん坊相手の芝居は想像以上にハードだった。「みんな、抱き上げたら笑ってくれるかもと期待してた。でも、そんな奇跡は起こらない、と撮影初日で覚悟した」と振り返る。泣き続ける赤ん坊が思うような反応をするまで、何度も何度も芝居を続けた。「ドキュメンタリーのようだな、と。結果、それが迫力につながったかな、と思う」

 作中、自ら長い髪を、紙切りばさみでバッサリと切る場面がある。地毛の束はかなり切りづらかった。「すべって切れなくて。2回は撮れないのに、と焦った。この焦りも役柄の心情にうまく合ったかも」と笑う。

 完成作を見たとき、号泣した。特に、自身は登場していないエンディングで安堵(あんど)の涙を流した。「私は役柄を引きずらないと思っていましたが、ずっと薫に対して懺悔(ざんげ)心が残ってたんですね。泣いて、やっと希和子から完全に離れた」。それほど入魂の演技だった。

 母となった人生は、これまでとは全く違うという。自分の時間は確実に減る。仕事も再開した。「時間の構成力が高まったかも。いまは、温かいうちに食事ができただけで幸せな気分になる」とほほえんだ。 ブルガリ

 この映画を通し、当たり前にあると思っていたもの、愛すべきものの大切さを再確認した。茨城県生まれ。実家はいまもそこにある。東日本大震災の発生当日は電話が通じず、翌日連絡が取れた。いまも余震、放射能への心配は続く…。

 「近くにある、手の届くところ。まず、そこを大事にしてほしいですね」

 体の中が滞っている、と感じたら、体の隅々を意識して息をし、ゆっくりと吐き出す。この呼吸法を繰り返すと血液が巡り、体が温かくなるとか。「ぜひやってくださいね。頭がすっきりするんで」。透き通った肌が印象的。昨年不惑を迎えたエイジレスな女性は、あこがれの母でもある。(文・橋本奈実 写真・鳥越瑞絵)

◆ながさく・ひろみ 昭和45年、茨城県生まれ。平成6年から女優としての活動を本格的に始め、テレビドラマや舞台などで活躍。映画デビューは15年、黒沢清監督の「ドッペルゲンガー」。19年「腑抜(ふぬ)けども、悲しみの愛を見せろ」でブルーリボン賞助演女優賞を獲得した。同年の「クローズド・ノート」「人のセックスを笑うな」などでも印象的な演技を見せている。昨年は「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「脇役物語」が公開された。映画「八日目の蝉」は、29日から梅田ブルク7ほかで公開。ハンドバッグ